「子供が自分のようになったら」と思うことから、いろいろ考えてみた

町を歩く若い人たちを見て、ふと、「この人たちもいずれは親になるのだろうが、親になったときに子供が自分のようになったらどう思うんだろう」と考えてみた。
ある人は「自分は恥ずかしくない生き方をしてきたから、自分のようになることはうれしい」というかも知れない。まあ、ほとんどいないだろうけどさ。
繁華街やゲーセンでたむろするような連中はどうだろうか。自分の子供が自分のようになったらどう思うだろう。
子を持って知る親の心という言葉があるが、私も子供を持ってみて親の気持ちがよくわかるようになったと思う。
町で若い人を見るたびに「自分の子供もこうなって欲しい」とか「自分の子供はこうなって欲しくない」とかよく考える。
もちろん子供は親のために生きるものではないが、親は子供のために生きているところもあるのだよね。
そう思うと自分の親も大事にしなくちゃと考えるよ。
ようするに、恥ずかしくない生き方をしているかどうかということなんだろう。
胸を張って「いい人生だった」と思える生き方をしていきたいと、最近真剣に思う。
天命を知る歳であるがゆえに、こういうことを考えられるようになったのかも知れないけど。
若い人はこれから10年後、20年後、30年後、自分がどうなっているかを思い浮かべながら今日を生きて欲しい。
若いときの努力はけっして無駄ではないと思うし、自分がもっと努力をしておけばよかったと思うことが多くなってきていることからもそういう言葉を贈りたい。
前に見た映画で「苦労は人を成長させるが、楽しいことはただ過ぎていくだけだ」というセリフがあった。
確かにそうだ。若いときの苦労はかってでもやっておくくらいの生き方をして欲しいと思う。
苦労は将来の投資だよね。